オリジナル創作の小ネタ置き場
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「笑って」のカイ視点。
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その笑顔に、救われた。
- 九回目の春 -
今年もこの季節が来た。
風に乗った桜の花弁が病室にやってくる。それをつまみ上げ笑う彼の横顔を見るのが俺にとっての"春"の訪れだった。
これは何回目の春だったか。
一回目の春は余りにも花弁が病室に入ってくるので、彼は、ここは桜の部屋だと笑っていた。
二回目の春も変わらず花弁が部屋に入ってきて、一枚一枚拾いながら彼は笑っていた。
三回目の春は室内にいくつ花弁が入ってきたのを並べて数えていた。窓を開けっ放しだったから、風に吹かれて花弁は舞うし、新たに花弁は入ってくるし。いたちごっこのようなそれを、彼は笑いながら楽しそうに繰り返していた。
四回目の春は、確か、今年も花弁が入ってこれるように窓を開けて空を眺めていたら麗らかな陽気に眠くなって。一眠りしようとベッドに身を沈め寝ていたんだが、鋭い音で飛び起きる。
そこには花瓶を落とした彼の姿があって、酷く、焦燥した目をしていた。どうしたのかと問えば、ごめんと小さく返されて、床に撒いた水が桜の花弁を浸食した。
五回目の春は桜の花弁で栞を作った。この形が良いだとかこの色が綺麗だとか、彼は花弁を選別していた。桜よりも白い指先が花弁を並べて、笑っていた。
六回目の春は雨ばかりだった。咲いた桜も雨に散り、病室に花弁が入ってくることが少なかった。その時彼がぽつりと呟いたのは、二年前の春に寝ている俺を見たときに死んでしまったのだと勘違いして物凄く怖かったんだと言った。まるで花葬、そんな感じだったと。
七回目の春は外に出た。いつも病室に花弁を届けてくれる桜の木の下で、毎年毎年たくさん子供がいるねと太い幹にしがみついて彼が笑う。見上げた桜の隙間から見える日の光が眩しかった。
八回目の春は彼と桜を見上げていた。何も話さず、ただ時間が流れるのを自然に任せていた。
いつまでも、こんな時間が続けばいいのに。彼の呟きは桜の花弁のようだった。
そしてこの春、白百合の少女と出会った。
最初こそは怯えた様子だったが、散歩ついでに窓から話し掛けたりしていたらいつからか俺の病室にやって来るようになった。
清水のような澄んだ声で笑う少女に俺もあたたかい気持ちになる。
少女が来るとき、彼は絶対にこの病室には入らなかった。何故か問うたら深い溜め息と共に、君は分かってないねぇと呆れたように笑われた。
夏。
歌が好きなんだと少女は小さな声で言った。
歌手になりたい、綺麗な服を着て豪華なステージで歌うの。両手を広げて回った少女の白いワンピースが牡丹のようにふわりと揺れる。
俺は創る側に興味があるなと答えたら、じゃあデビューしたら私の曲を作って欲しいと少女は無邪気に笑って帰っていった。
少女が居なくなってから、窓に切り取られた夏の空を見ていたら胸が苦しくなって、この苦しさも病気も全てを吐き出してしまいたくて派手に噎せた。止まらない咳に喉が切り裂かれたように痛んで、痛んで。
直ぐに背中を擦る手、寄り添う彼にすがり付いた。
ああ、恐い、や。
秋。
冬がもう近いね、と紅葉も終え葉を落とし始めた桜の下で彼が言う。前髪が顔を隠して表情が分からない。
でも、なんとなく、感じるものがお互いにあったんだろう。
風が冷たいから上着を彼に貸したら、…逆じゃない?と笑う。つられて俺も笑った。
来年の桜も満開がいいな。
上着を固く握りしめながら、俺の前で初めて彼が泣いた。
そして九回目の春。
この山桜の下で、俺は少女に微笑んだ。
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公開しようか若干悩んだけど(クオリティ的な意味も含め)、まぁ締めなきゃな、と。
苦しみから解放された九回目の春で、このお話はおしまい。
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