オリジナル創作の小ネタ置き場
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Side:E
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もう一度、あの声が聞きたい。
優しくて、愛おしい声。
もう一度、あの瞳が見たい。
鮮やかに、きらめく瞳。
でも、ここは、真っ暗で。
なにも聞こえないな。
なにも見えないよ。
---泡沫_02---
「ウソだろ」
視界の果てまで覆い尽くす白を前に、エンは一人立ち尽くしていた。
我ながら情けない声が出たもんだと思いながらゆっくりと周囲を見渡すと――白、白、白――自分だけがこの空間に立っている。
コウが居ない。
さっきまでは真暗な森の中だったはずだが、一瞬意識がブラックアウトしたと思えば気付いたらこの白い世界に一人きりだ。参ったなと思うと同時に、森の中で意識が途絶える寸前に聞こえた”声”と思われる音の存在がエンの思考を支配する。
さわさわと揺れる風のような、きらきらと流れる水のような、澄んだ声。
「……呼ばれた、のか?」
ぽつり、つぶやく。
顔を上げて一歩だけ踏み出した。
「ねぇ、俺の声、聞こえる? 俺だよ、エンだよ」
幼子に問いかけるような、優しさを滲ませた声で空間に話しかける。
しかし、返ってくる音は無い。
静止した世界に少しだけ震えた吐息が漏れた。
ああ、この場所はとても似ている。君と出会い、君と離れたあの場所に。
「――……“シロ”」
眩い光を見つめるように細められた瞳は、果て無く続く白の先を見続けていた。
それから、エンは一人当てもなく白の世界を歩いていた。
もしここが自分が探していた世界なのだとしたら、いつまでも同じ場所にいることはあまり得策とは思えなかった。留まったところで、本当に何もない場所なのだ。あそこは。
何でもいい、自分からアクションを起こして先ずはこの空間に関する情報を集めなくてはならない。
この世界が似ているだけなのか、それとも――とにかく、確証が欲しい。
「……ホント、なんもないな」
時折、腰にある剣の柄を握り装飾された魔石の様子を窺う。
エンやコウは人狼種ならではの身体能力の高さが備わっているが、魔力を感じ取るような特殊な能力はない。だが旅を通して不可思議な事象に触れた経験から、第六感の鋭さとも言うべきかきな臭い要素を嗅ぎ分けることが自然と身に付いていた。
しかし、彼らが魔力を感知できる要素として一番確かなことは、今握られているこの武器だ。
空間移動で吐き出された森の中では僅かながらに魔力に反応して光っていたのを確認したが、今は静けさを保っている。反応するような力が無い空間なのだろうかと観ずる。
何も存在しないこんな場所に一人で立っていると、まるで自分だけが時間の流れから外れてしまったようだと錯覚してしまう。……実際 既に外れてしまっているのかもしれないが、彼女たちがこの世界のどこかにいるかもと思うと立ち止まってもいられなかった。
それはそうと、逸れる寸前まで一緒にいた弟もこの世界に来ているのだろうか。
一人になったからといって簡単にやられるような奴でもないが、もしエンと一緒にこの世界の何処かにいるのだとしたら。
「暴れてなきゃいいけど」
頭で考えるより先に体が動くコウのことだ、手当たり次第にあの大槍を振り回してる姿が容易に想像できた。
いや、逆に暴れてくれていた方が見つけやすいかもな。と冗談交じりに笑っていた時のこと。
「! 石が……!」
この空間に入って初めて、魔石に反応が出た。
燻るように赤い光が強まれば、エン自身も背筋を逆撫でされるような感覚に身構える。
自然と力が込められる手でしっかりと剣を握り、五感の全てを使い周囲に神経を尖らせた。
それは、不可視の圧。
より強く感じた上方へ意識を移動させると空間が歪みを生じさせている。まるで水面を揺らす波紋のような動きだった。
――何か、近付いてきている?
空間の波立ちが激しくなり、そして真白な空を裂くように“なにか”が吐き出される。
ぐっと目を凝らしたエンが見たものは……
「え? え? うわ、アレ、人!?」
意識がないのか、脱力したように四肢を投げ出して落下してくる人影を判断するや否や、エンは走り出した。
どんどん地面と近付く人物と己の距離を目測する。かなり距離はあるが、脚には自信があると更に加速した姿はまさに狼。みるみる内に距離を詰めたところでタイミングを見計らって速さを殺さずに跳んだ。高く、高く――間に合え!
両腕を目一杯に伸ばしたエンが半ば体当たりの勢いで落下してきた人物に飛びつく。ぐん、と下に振られる重みと共に体を回転させながら体勢を整えて無事着地した。よく間に合った、と自分を褒めてやりたい。
安堵の息を吐いていたところで抱きかかえていた腕の力を弱める。腕の中を覗き込めばさらりと揺れる茶髪。乱れた前髪の奥から見えた妖しくゆらめく満月のような“金”に目を剥いたが静かに目蓋を伏せ、同じように音もなく目蓋を開いたときには髪より色を深くした茶がエンを見つめていた。
見間違いだったかなと小首を傾げたところで、腕の中の人物がさも関心したかのように頷く。
「驚いた、あの距離で間に合うとは」
「ギリギリだったけどね」
それから、支え無しで自らの足で地面に立った少年は己の手を見つめると数度握ったり開いたりを繰り返す。
「怪我はない?」
「強烈なタックル以外、特には」
「ご、ごめん……」
『マスター』
「ははは、感謝しているよ」
見事な棒読み、と呆れ返った声が聞こえたところでエンは疑問符を浮かべながら辺りを見渡した。今、この場には俺と目の前の男しかいないはずだけど……とも言いたげに不思議そうな顔をするエンを見て、少年は片眉を上げた。
カリスと名乗った少年と、彼の相棒のリエーレ。
えーあい?だったか電子だなんだと説明を受けてもよく分からなかったが、とりあえず自分の知らない不思議で便利な文明が栄えているのだろうとエンは自分を納得させた。世界は、自分が見ていた狭いものだけではないのだと以前の旅を通じて嫌でも思い知ったものだ。
簡単にお互いの自己紹介を終え、本題に入る。
「ねぇカリス。この世界について何か知っていることがあったら教えて欲しいんだ」
ここが何処なのかもわからない。
困ったように眉を下げたエンを見るカリスの眼差しはまるで見澄すようであった。
「俺は気付いたらこの世界に居たから、カリスに与えられるような情報は持っていないんだけど……それでも良ければ……」
世では、亜人偏見が日常であった。
ヒューマンとのやっかみごとを避けるため、極力刺激をしないように振る舞うことが身体に染み付いてしまっていた。自分よりも幾分か細身の――見た目ではおそらく年下であろう少年の顔色を窺うように控えめな声を出す。
静かな顔で見つめ返してくるカリスは一拍間を開けて口角を上げた。
「気にしなくていい、先程助けてもらった礼だ」
そんなエンの心配事など全く関係無いとでも言いたげに口軽な言いぶりで了承したカリスと、マスターのデレですね!と茶々を入れるリエーレ。うるさい、照れてる、だまれ、と言葉の応酬を繰り広げる二人に緊張していた肩から力が抜けていくのをエンは感じていた。
「それに僕の目的にも関係してそうだからな」
ぽつりと呟かれた言葉の意味を理解できなかったが、問い直す前にカリスはその場に腰を降ろしてしまう。タイミングを逃してどうしようかと迷っているところに「お前も座れ」と言いたげに数回手招かれたので続いてエンも座った。
「僕たちもしがない旅人の一人だ。今、分かっている範囲で教える」
そして、エンはこの世界についての情報をカリスたちから教えてもらう。“勇者”だとか“黒キ者”だとか“神官”だとかやっかいな話題が上がったが、エンは何よりもこの世界が“夢ノ国”と呼ばれていることに一番の興味を持った。
この“白い場所”は“異界”と称されている。
“夢”の世界の“異界”――
「この異界内、今は見ての通り何もないが……時にヒトの記憶に反応してそれが再現されるみたいだ」
「記憶に?」
『ここに侵入して早々、我々も…というかマスターの記憶でイベント起こしましたよ』
「あの様子じゃ、歩けば何かしらにブチ当たることもあるだろうな」
さらりと告げる二人にエンの眉が顰められる。
この異界に入って暫くは彷徨っていたが記憶の再現どころかオブジェクト1つも見ていない。魔力を所有しないから影響を与えないのだろうか。でもエン自身が知る“あの世界”は、そんなこと関係無しに変化を起こしていた。……やはり、この異界は別の場所なのか。
黙して考え込んだ人狼にリエーレは声をかけた。
『エンさんは最初からこの異界の中に居たのですか?』
「いや、最初の移転から出たときは森の中だったよ。遠くに城も見えてたんだけど……多分この異界じゃなくて外に居たと思う。そこから移動中にここに入っちゃったんだ。弟とも…あ、一緒に旅してるんだけどね、異界で逸れちゃったんだ」
『このエリアは不安定ですので元々アテにはできませんが、今のところ他にそれらしい生体反応は感知出来ていません』
「異界には来てると思うんだ。寸前まで一緒に居たし……この世界に寄せられたキッカケだと思う”声”も聞いてるはずだよ」
「声?」
ふむ、と顎に手をやるカリスは何か思案している様子。
「声だけを聞いたのか?何か見たりとかは?」
「うーん……声だけだね。言葉ではなくて歌に近い感じだったけど」
一瞬のことではあったが、確かに聞こえたとエンは頷いた。キッカケらしいものはそれくらいしか思い当たらない。
どこかで、聞いたことがある声だったような気がしなくもないが……雲の上のいるようにふわふわとした記憶だ。
「カリスたちはどうやってこの異界の中へ?」
「“穴”が開いていてな。そこから入った」
「へぇ、じゃあ俺たちもその穴から入ってきたってことになるのかな。ていうかその穴に落ちたって感じなのかもだけど」
情けないねと頬をかく。
カリスはばつが悪そうに笑うエンを一瞥した。
俗にいう勇者や冒険者の立場とは違い、無自覚とはいえこの異界に難なく入り込んできたイレギュラー。そして、少しばかりのノイズ。まるで薄いヴェールを纏っているかのように世界との境界を生んでいるようであった。
彼は、この異界に<招かれた>存在なのかもしれないな。
それは何の脈絡のない考えではあったが、妙に納得のいく答えであった。口には出さずこの異界内で自らが体験してきたことを思い返していたところで。
『……声だけ、といえば』
今まで二人のやり取りを見守っていたリエーレが、思い出したかのように言葉を続ける。
『この異界には……声のみしか確認出来てませんが、少女が居ると思われます。エンさんが聞いたのはその少女の声の可能性も……』
「! ここに女の子がいるの!? 君たちは話をしたの!?」
リエーレの発言に、思わず一気に詰め寄る勢いで言葉が飛び出した。
豹変したエンの態度に少しばかり驚いた様子のカリスではあったが、強張った顔をする人狼に只ならぬ事情があるのだろうと察し相手を刺激しないように静かに告げる。
「この異界に入って少女と話した。どこの誰かは知らんが、会いたい、と言っていたな」
「な、名前は? シロ? それともクロ?」
『いえ……少女に関してはあまり情報を得られないまま、途切れてしまいました。名前までは分かりません』
その答えはエンを嘆息させるには十分なものであった。脱力したように項垂れる男は、緩慢な動きで片膝を抱えると額を押し当て黙り込む。ざわざわと騒がしい頭の中を落ち着かせようと何度か深呼吸をして神経を鎮めた。
獣耳を垂れ下げたまま動かなくなったエンをカリスは見守る。その眼差しは闇にほのかに光る水面のように静黙している。
暫しの沈黙の後、エンは少しだけ頭を持ち上げたるも、その目は感情が凪いだように空虚ですぐに伏せられる。刻まれた眉皺が影を作る表情は痛々しく、木枯らしのように細い声が震えた唇から漏れた。
「ずっと、探してる人がいる――……大切な人なんだ……」
瞼の裏で微笑む彼女の姿が、光にとける。
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