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オリジナル創作の小ネタ置き場
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Side:K









---泡沫_03---





 一方、夢ノ国の勇者たちと合流したコウもこの世界のことなどの説明を受けていた。
 甲斐甲斐しく説明をしてくれる雪奈と名乗った少女が居たことが救いであった。里玖という青年は不機嫌さを隠しもせずに腕を組んでコウを観察している。
 まぁ出会い頭に喧嘩を売ったような胡散臭い亜種族なんか信用されるワケねーかと開き直りつつ、コウはあまり使わない頭をフルで稼働させて雪奈の話を理解しようと必死だ。
「……とりあえずアレだな。ここはオレの居た世界じゃねーし、出口もわかんねーってことだな」
 顔を顰めるコウが自身の髪を掻き乱す。苛ついたときの癖だ。
 そんなコウの紅い髪から飛び出したヒトとは異なる耳を見ながら雪奈は記憶に真新しい銀の人狼を思い出していた。漆黒の衣装を身に纏い赤を揺らす姿、この異界での異変で遭遇した男。
 ――同じ種族、なのかな?知り合いだったりするのかな?
 どう切り出そうかと迷う雪奈とコウの目が合う。零れ落ちそうな大きな瞳にじっと見つめられて、コウは居心地が悪そうに視線を逸らしてその眼差しから逃げた。……人間の視線は、やはり嫌いだ。
 逸らされた顔に寂しそうに眉を寄せた少女には気付かなかった。
「次は私の質問に答えてくれるかな?」
「おう。つってもこの世界のことは何も知らねーからな」
 尊大は態度を取っているとはいえ、情報をもらった恩義は感じているのだろう。一応は雪奈の要望に応える姿勢は持っていた。不機嫌そうに腕を組んでいる青年を一瞥した後、横目で少女を捉える。
 銀の人狼について聞こうかとした言葉を寸でで飲み込んだ雪奈は、落ち着いた声で問う。
「コウくんはこの世界へは一人で来たの?」
「違う。兄貴と二人で旅してたら変なのに飲み込まれて森の中にいた。そっから移動中に逸れた」
「お兄さん? どんな特徴?」
「……そこのアンタの目の色よりずっと濃い緑の髪色のヤツ。多分、この異界のどっかにいるんじゃねーの」
 みどり……と繰り返した雪奈は頭の中で銀色にバツを付けた。
「そっか……逸れちゃって、心配だよね」
「別に」
 コウのぶっきら棒な対応に少しだけ青年から不穏な念が発せられる。それを苦い顔で制する雪奈は、それじゃあと言葉を続けた。
「“夢”についてなんだけど」
 ピクリ、コウの耳が揺れる。
 明らかな反応を示す男に、まっすぐと視線を投げる雪奈。
「さっきも気にしていたよね。コウくんにとって“ソレ”はなぁに?」
「……アンタに答える義理はねーよ」
 雪奈は、自らの足が相手の踏み入ってもらいたくない領域へ侵入していることに気付いていた。
 険悪に歪めた表情を向ける男から、ちりちりと肌を刺すような敵意が向けられる。明確な拒絶。喉元を食い千切られてしまいそうな錯覚さえ起こしそうだ。
 腿の上に揃えて置いた指先が少しだけ震える。隣に控えていた里玖がその様子に気付き、雪奈、と一言声が掛けられた。耳に馴染んだ音が雪奈の心を支え、ぎゅっと手を握り直す。

 敢えて言うならば――第六感か。
 目の前の男が纏う空気。覚悟であったり、迷いであったり、願いであったり。
 それらの要素が複雑に混ざり合って、彼の身体を覆い尽くす。そうして形成された何者をも阻む鋼の鎧、いや、心を隠すための薄いヴェールがほつれているようであった。
 自分の手が届く範囲に座っているのに、砂塵の向こうを歩く旅人のように霞んで見える。
 この違和感を、逃してはならない。

「お願い、教えて」
 力強い意思を宿す声と紫珠の瞳。
 あくまでも引かない姿勢の少女と、獣人の男の睨み合いが続く。
 静寂。
 闇が支配する空間に、沈黙が訪れる。
 呼吸音どころか、心臓の音さえ相手に届いてしまいそう。

 そして、先に目を逸らしたのはやはりコウであった。今回は舌打ちのオプションも付けて。
 胡坐をかいたまま口を尖らすコウは眉を顰める。地面を見つめる瞳は、負けた、と物語っていた。

「……――人を」

 ぽつり。
 光を失った瞳で空虚を見つめて、コウが言葉を漏らす。

「探してる。……ソイツに繋がる唯一の道が“夢”だ」

 出会った時や応対をしていた時の高慢な態度が幻であったかのように、孤独感に押し潰されてしまいそうな弱弱しい声だった。
 影を落とした男に、雪奈も悲痛そうに顔を歪める。見ているこちらも胸が締め付けられるようだ。そして里玖は少しだけ瞳を細め、その様を静観していた。まるで何かを重ねるかのように。
「……大切な、人?」
 間を空けて静かに問いかける雪奈。
 コウは口を噤んだまま答えず徐に立ち上がった。
「もう用は無ぇだろ。オレは行くぜ」
 不安げに揺れる瞳を向ける少女に“じゃあな”と告げると、大槍を肩に担ぎ直した男が背を向けて歩き出す。
「軸も持たずにふらつくのか?」
「うるせーな。ここで立ち止まってたってしょーがねーだろ」
 背中にかけられた男の声にぶっきら棒に返して、目の前に広がる“黒”を睨み付けた。生き物の気配も、風も、なにも感じない。
 一体どこに向かえばいいのだろう。
 何があるのだろう。
 何も無いのかもしれない。
 この止まった世界は、何のために存在するのだろう――それでも、進まなくては。
「! あれは……っ」
 一歩一歩離れていく姿の異変に気付いたのは里玖の方であった。目を見張る様子に雪奈も弾かれるようにコウを見る。
 ずず、とコウの体が下半身から闇色になっていっている。先程までは距離があろうとお互いの姿はよく見えていたのに。
「ねぇ、待って!」
 静止の声も受け流して進むコウの体がどんどんと闇にとけている。このままでは、見失う。存在さえも。
 遠ざかるコウに向かって雪奈が叫んだ。
「私、この異界に入ってから、女の子の声を聞いたの!」 
 コウの歩みが止まると、呼応するように闇の浸食も止まる。
 少しだけ頭を傾けた肩越しに見えるコウの瞳は言葉の続きを催促するようだった。
「会いたい人がいるって……それってコウくんのことじゃないのかな、コウ君が会いたい人って此処に居るんじゃないのかな?」
 
―もう一度、もう一目だけでも……―

 暗く深い水の底に沈んでいくようなか細い声で、そう訴えていた少女の声が雪奈の脳内でリフレインする。
 あの切なさが滲む声色を思い出すと、先程コウが人を探していると歪んだ表情で告げたのを見た時に感じた胸の苦しみに似ていた。
 見えないけれど、この二人を繋ぐ線が、ある気がする。
「オレは何も聞こえてねーし感じてねーけど」
「私も、あの子の“声”――あれから、聞こえないの。でも、この異界には誰かが居る。奥に何かがあるはず」
 燻る闇が。闇が。闇が。
 それは、コウを覆い隠そうとするのではなく、引き留めようとしているようであった。
 すっと息を吸い込んで、凛とした声で雪奈は問う。
「教えて、コウくんが探している子は、誰?」
 怠慢な動作で体ごと振り返ったコウの顔は無表情だがそれは無理矢理感情を押し殺しているようだった。
 光の筋のように真っ直ぐと向けられた思い。
 コウを見つめる雪奈に“やっぱり、人間は苦手だ”と独りごちた男が、顔を伏せる。
 そしてすぐに顔を上げたコウは、心の枷が外れたように少しだけ軽い表情だった。
「オレが愛した奴だよ。守りきれなかった、大切な奴……名前は“クロ”」



 くろ。



 ――コウの中で芽生えた僅かな希望と共に、紡いだ名。
 それがトリガーだった。

 ずどん。今までにない反応と共に、空間が揺れる。
 激しい地響きにバランスを崩しかけたコウは槍を地面に突き立て耐え、里玖は剣を引き抜き反対の手で雪奈の肩を引き寄せる。
 ちかちか、半濁する景色が絵の具を混ぜた水のようにぐるぐると掻き乱されていく。
 その景色は見たこともあれば初めて見るものも混ざり合っていて、ここに居る三人の記憶が綯交ぜになっているようであった。
「なんだこりゃあ!?」
 抑えていた苛立ちの堰が切れたように叫ぶコウに、里玖は落ち着いた声で答える。
「縁が、出来たんだ」
「エニシぃ?」
「この異界と、お前の縁だ。だから空間が姿を変えた」
 何らかの原因で“コウ”という存在をこの異界は確実に認識しきれていなかったのだろう。膜で覆われた存在、見えない存在。しかし、それは破られた。
 “異界”が“コウ”を見つけた。
 次は何がくる、突然襲われるかもしれない。
 里玖は最大限まで警戒の意識を高めた。
「姿を変えたぁ? 今までこんなこと無かったぞ!」
「この異界は、記憶に反応してその姿形を変えるみたいなの。こんなに強い反応は初めて……この空間、どうなるの……?」
「あぁ!? なんだよそりゃあ!!」
 恐らく雪奈の言葉の後半はコウの耳には届いていないだろう。
 オカルトめいたことは嫌いなんだよ、ちくしょう。吐き捨てたコウは変化を続ける景色を睨み上げる。槍に装飾された魔石も今までにない強い光を放ち、これから起きることの大きさを物語っている様であった。
 徐々に収束していく景色の変化に、それぞれの武器を握る力が強くなる。
 歪みが正されていく中で視界に飛び込んできた空間に声を出したのは。

「これは……」

 砕かれた世界の塵。その細々としたモノが織り成す、強い力で大きく抉れ取られたように歪なステージ。
 見覚えあるその場所を、コウは険しい表情で見つめていた。
 頭上を覆う分厚い黒い雲と、その遠方に見える天を貫く塔。
 そうだ、オレ達はあそこを目指していたんだ。
「なるほど、記憶に反応してってやつか。悪趣味な所再現しやがるんだな」
「これは、コウくんの記憶のエリア……」 
「どうすれば抜けられる?」
「分からない、でも、強い力の元を感じる。そこを叩けば……」
 あっち、と雪奈が指を向けると同時だった。
 狭い空間に閉じ込められていた力が暴発するかの如く、指先が示す場所に黒く蠢く靄が膨れ上がった。
 濁流のような突風から雪奈を庇う里玖たちが靄の先に意識を集中させる。
 そして、段々と薄れてきた靄の向こうに見える人影。
 動く気配の無い影から伸びた何かがゆらゆらと揺れている。
 靄の隙間から覗く赤い布。
 左手に握られた長剣。
 血のように赤い瞳。
「テメェは……!?」
 見間違うことなんかできない。
 その姿に息を飲んだコウが押し殺した声で叫ぶ。
 氷のように厳しい冷たさを含んだ瞳でコウたちを射抜くのは、かつて“番人”と称された男。コウたちを導き、惑わし、試した存在。
 黒い衣の裾や鈍く輝く銀の髪を靡かせた男が、無言で剣を構えた。
 それと同時に隣に居た雪奈が素っ頓狂な声を上げる。
「あ! あの時の人狼さん!?」
「お前あいつのこと知ってんのか!」
「知らないけど知ってるの!」
「はぁああ?」
 今、目の前に対峙するのは、確かに雪奈たちが異界へやってきたときに遭遇した記憶のエリアに居た男だ。
 何故またこの場に居るのかと混乱する雪奈に変わって里玖が続ける。
「お前はあの男と知り合いなのか?」
「知ってるもなにもアイツ目の前で死んだはずだぞ、何で生きてんだよ……ってそうか、過去に起きたことそのまま映してんのか」
 さらりと物騒なことを言うコウに雪奈はあうあうと戸惑うばかり。
「つっても気味悪ぃーな、おい。アイツを倒せばここから抜けられるんだな?」
「恐らくな。一層強い力の元があの男だ」
 それなら話は早いと言わんばかりに武器を構えたコウが前を見据える。
「この異界の奥に夢に繋がる路があるんなら、それをオレは確かに行かなきゃならねぇ」
「私たちのこと……信じて、くれるの?」
「どーかな」
 片方の口角を上げ不敵に笑うコウが、対峙する漆黒の人狼に向かって踏み出す。
「さっさとこんな辛気臭ぇとこから出させてもらうぜ!!」
 先ずは挨拶代わりだと言わんばかりの鋭い打突を繰り出したコウと、悠々と剣で受け流す男。男は身を翻すや否や、大振りに繰り出した空を裂く衝撃波。それが襲ったのはコウではなく里玖と雪奈であった。
 里玖が己の剣でそれを打ち消そうと身構えた時、二人の足元に生じた空間の歪みが姿を捕える。
「きゃあ!?」
「く……っ!」
 バランスを崩しながらも衝撃波を払いのけた里玖であったが、どんどんと二人の体が地面に飲み込まれていく。コウが二人の元へ駆け寄ろうとしたが、あっという間に二人はこの空間から姿を消した。
 驚きの表情で二人が消えた地面を見ていたコウに“白銀の番人”――カイが問いかける。



「最後の選択をしてもらおう」



 それは、此処で同じ人物に言われた言葉と同じものであった。




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